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・・・料理を駄目にしたのはテフロン加工だ、と彼はつぶやく。テフロンが排除したオイルの濫用とこげつきこそ、じつは料理という音のなかのノイズであり、ノイズがなければ味に深みが出ない。それをはじめから取り除くといういかにも「表面的な」逃げの姿勢が、彼の頭のなかでほんとうの利便性となかなか結びつかないのだった。学生生活を終え、勤めを経験しつつ礼儀や常識のレベルを超えた他人との接触に限界を感じていたころ、彼は、世の中の動きがあげてこのテフロン的な表層に、こげつかない言葉に向かっているような気がしてならなかった。接触不良の箇所が特定できるだけ、自分はまだまともではないかと疑いたくなるくらいの信じがたい言葉の薄さに、彼は戸惑いを感じていた。ちょっとした応答に滑り込んでくる言葉の棘や毒に、あまりにも無頓着な人間が多すぎる。油を使わず、こげつかず、洗いも簡単。環境保護にはなるとしても、そのこげつかない表面で熱せられるのが膨大なエネルギーを消費して製造、保管される冷凍食品だったりする矛盾。彼はいつも、節約を、あるいは効率を可能にする壮大な無駄に脅威を感じていた。
(堀江敏幸「河岸忘日抄」より)

by kgnote | 2011-08-12 23:54 | 抜粋